2010年4月、不況の荒波打ち寄せるラジオ界の大海原に、
ひっそりと飛び出した一艘の船がありました。
その船の上では、土曜の8時からの1時間、
40歳前厄(開始当時は39歳)の船長が中心となった
ささやかな、でも熱い宴が繰り広げられておりました。
その宴の様は、まるで祭り。
やがてその宴の模様は、これまた40歳前厄の航海士によって、
電波に乗せて、主に関東南部を中心に届けられ、
その電波をウッカリ…いや、偶然拾った人々の間で話題になっていきました。
「あの宴に、僕らも参加したい!」
「私も!」
そんな人々が続々と、電波の発信源である船に乗り込んでいきました。
しかし、不況の荒波は、船を容赦なく襲い続け、
航海のパトロンもこの荒波の影響か資金提供打ち切りを通告。
頼みの綱がなくなり、真の意味で自らの力のみで船を
漕ぎ続けるしかなくなった船員たち。
宴の評判を聴きつけ乗り込んだ人々は、そんな船員達を励まし続けていたのですが、
ある夜の宴、ついに船長が苦渋の決断を下したのです。
「この船を、9月一杯で沈める。
いつか、大っきい船を造って、みんなを乗せられる様にするから、
それまで、待っていてくれ。」と―。
そして、9月25日。
船長が決めた最後の宴の日がやってきました…。
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…前置き、長くなりました。(しかも何だか大航海時代チックになってるし…)
9/25分、通算25回目(!)、スパサタ第1章最終回のオンエア感想です。
・オープニングトーク
→・スパサタ終了を惜しむふつおた3連発で幕開け。
・「いつか、スーパーエブリデーになる日を心待ちにしています!」
…いや、だからスーパーエブリデーはスケジュール的に現状無理ですってば(苦笑)。
・この回の収録の現場には船長、航海士、彼女持ちの下っ端(あ、某AD様のことです)
に加えて、「地下室にいたスタッフ」もいたそうで…て誰だ!?
・「メールは募集しません!」(by三四六船長)。それを言うなら「出来ません」では…。
・346 Pick-up Column〜Kana yell〜
→・この日唯一のコーナー(クリニックと歌うレシピはぶっ飛びました)。
三四六さんが長野の方で1日警察署長をやったこともあり、
秋の交通安全運動のお話に。
・三四六さん、1日署長の時は「署長挨拶らしくない挨拶」をしたそうで。
・で、そういえばシルバーウィークだったよね、ということなのか、
敬老の日にも触れていました。神奈川県の最高齢者の話題ということで、
やはり避けられない昨今の「高齢者行方不明問題」に話は及びます。
三四六さん曰く、「そんなことがまかり通ったら日本も終わりだ!」。
・ふつおた紹介
→・「暇つぶしのつもりで聴いていたらいつの間にかハマっていた」という
リスナーさんのお便り。それが三四六さんの魅力です!
・三四六さん的スパサタ考。
「スパサタにはいい意味で後腐れがある。「大きな船を作るんだったら、
絶対戻ってきて欲しい」というリスナーが大勢いる。」
・そのスパサタ考にひっかけて話したのが、「親」という漢字の意味のお話。
子どもが帰ってくるのを見守る、待ち続ける、それが親の役目なのだと。
・↑そう考えると、スパサタ第2章…というか、長い旅に出た
スパサタの帰りを待ち続ける、自分を含めた沢山のリスナーさんも、
また「スパサタの“親”」なのかもしれません…。
・346's Kitchenと346 clinicをぶっ飛ばしてふつおた紹介
→・相方様ことミドリ・ドンクサ…じゃない、
MIDORI EXPRESSさん最後の最後で久々採用。
三四六さんに向けてのエールとして、
湘南ベルマーレ・反町監督の言葉「百折不僥」を贈りました。
・この言葉に対して、三四六さんはこう返します。
“「一回折れたら折れない自分になろう」ということは、
「しなやかな自分でなくちゃいけない」ということ。
幸せと不幸せなんて、編んだ縄のように交互にやってくるから、
ひとつひとつのことに心を苦しめないこと。そうすれば、人間は折れない。”
・↑こうして、リスナーさんが、三四六さんの発言や、番組の内容に関連して、
「そういえばこういう発言を○○さんがしてたよ。」とか、
「自分なら、三四六さんのあの言葉に対してこう思う」とか、
そういう話を返して来ると、それに対して三四六さんが
また新しい言霊や見解、思い、意見を返してくれる―、
そんなダイレクトさを持ったラジオの醍醐味が、
スパサタには詰まっていたと思います。
・三四六さんが指導する某道場の中の人からも惜しむメールが。
・その中の人から「道場の卒業生を送る会で三四六さんが歌ったあの曲を…」
というリクエストを受けて、今週のうたその1
『スナフキンが教えてくれた』オンエアになだれ込みます。
・最後のふつおた紹介
→・三四六船長より上の世代のご年配さんからも惜しむメールが。
そんなご年配さんからも愛されたスパサタ、間もなく幕が下りようとしています。
・三四六さんによれば、スパサタをやるにあたって、
自身はFヨコの番組を朝から晩まで通しで聴いていたとか。
さらに、スパサタが終わるにあたって、「Fヨコに嫌われていた訳ではない、
それは分かっていて欲しい」とも。
・話はそこから三四六さんの曲『たんぽぽ』の誕生裏話、もとい楽曲解説へ。
この曲を作るためにタンポポの姿を見てから、不平不満を
言わないようにしてきたと言う三四六さん。スパサタが終わって、
これから三四六さんはどうなるんだろう、どうしていくんだろう、と
気になっているリスナーさんへ向けて、そして自分に言い聞かせるかの様に
このパートをこう結びました。
「たんぽぽは どこに落ちても 凛と咲く、三四六は どこに行っても 凛と語る」
そして、今週のうたその2兼スパサタラストナンバー『たんぽぽ』オンエア。
・エンディング
→・あっという間のエンディング。
・エンディングトークは、三四六さんのラジオにかける熱い思い。
「ラジオをずっとやっているのは、やっぱり「ラジオが好きだから」。
見えないのは恐怖心があるけれど、でも見えないからこそ、
色々想像して喋れる。それがラジオの醍醐味。」(by三四六さん)
この思いを、どうか、今のラジオ業界に携わる方々は、
無視しないで…というか、しっかり拾い上げて欲しいと思うのです。
立場をリスナーに置き換えれば、三四六さんの思いはそのまま、
ラジオを愛する全てのリスナーの思いになるのですから。
・「去っていくのは、戻って来るから」。リスナーに向けて、再会と、
帰って来た時にはメールちゃんと頂戴!という約束をして本編終了。
・しかし、この番組、そう号泣モードで一筋縄には終わらせてはくれません。
そうです。「あの方(?)」が残っているからです。
・最後の喪黒さんのおまけコーナー
→・号泣モードかと思いきややっぱりこれかい!(泣笑)
・喪黒さん、スパサタ最終回の件を何も知らされていなかった模様。
・その為か、喪黒さん、半分泣いている様な気が…。
・喪黒さん最後の捨て台詞「僕の仕事が無くなりました…(涙)」
・↑誰かー!誰か長野の方で拾ってあげて〜!!(切実)
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こうして、最後の宴は、惜しむ者の涙と、
惜しまれる者の最後の熱い思いが交錯し、
いつも以上に熱いものとなりました。
「新しい船が出来るまでのしばしの別れ、
しかし、必ず戻って来るから、その時には、
僕らの姿を見つけて、必ず乗り込んで欲しい。
約束の場所で、また会おう!」
そして、ひとまずの終着地に辿り着いた船は、
船長達に見守られ、
静かに海へ還っていきました。
半年間の宴の思い出と、
そこに立ち会った人々の熱い記憶を、
彼等の心に残して…。
と言う訳で。
最後のスパサタオンエア感想は、
いつもと趣向を変えて、大航海時代チックなたとえ話、
もとい、それっぽい感じでスパサタの歩みを
自分なりにまとめながらお送り致しました。
…何人分かるかな、あの話の意味。
先の「大切なお知らせ」でもお知らせしました通り、
当ブログ『応援援護会』の更新は、
今回のオンエア感想のアップが最後になります。
ツイッターでの実況、またこのブログを通じて
出会えた全ての方々、
再会出来たかつてのお仲間樣方、
いつもお世話になっている、特にこの1年半、
色々ご迷惑とお手数とご面倒をおかけした関東の同士様には、
感謝の気持ちで一杯です。
そして、
このブログを見ている事を本放送で公言していた三四六さんはもちろん、
村上さん、南雲さんはじめとするスパサタ、あるいは
CHEERSに関わっていた全ての皆様。
皆様がいたからこそ、こうしてネットの海の片隅から、
番組を盛り上げるべく色々な事をしようと考え、
こうして実行する事が出来ました。
おかげ様で、有意義な1年半が過ごせました事を、
心より感謝致します。
つたない言葉、内容ではありました。
好意的な、もしくはその反対の、色々な反響も頂きました。
色々な事もありました。
でも。
ブログをやれたこと、ツイッターで実況をやったことに、
一切の悔いはありません。
皆様のご愛顧があってこそ、ここまでやってこれました。
1年と少しという期間ではありましたが、
本当にありがとうございました。
では、私も、長い旅に出ます。
長い旅の道のり、ご興味のある方はツイッターにてお付き合い下さい。
2010年9月26日 ド深夜
みわみわ 拝